引退と介護と女の子が交錯する一日だった。

引退と、音楽をやめる宣言については過去にもさんざん自分の思いをいろいろ書いているのだけどやっぱり同じことを繰り返し思った。

宣言については、ある程度立場がある人ならしょうがないと思う。
でも立場がない人が宣言することに関しては全くわからない。引退詐欺がほとんどだけど、一時的にでも引退をマジ受けして動かした感情を返してほしいと思う。一度やめたと言った人に関しては僕はその時点でその人のお葬式をする(ものすごく感情が動くし落ち込むことが多い)ので、また戻ってきてももうそこに感情はやどらない。もう再放送がリミックスされているぐらいの認識しかない。覆水盆に返ってはならないと思う。自分の選択を全うできない人の作品は信用を失っていて感情に入ってこない。作品として認識できない。
引退に注釈をつけるようなのは自分の信頼を根っこから棄損するだけだから本当にやめてほしい。
引退(ただし、自発的なものに限る)みたいなのは、本人で線引きすればいいことだし宣言しなくてもいいんじゃない?立場があるにしても線引きがわからないとこちらとしてもお葬式も行えないから整理がつかない。

僕は、件の発表は賛成です。引退賛成。きっかけになった事案と絡まるから訳がわからなくなるけど、年齢的にも状況的にもさっさと引退していればよかったと思う。むしろ本人が三年前と具体的に言えるのであれば三年前にすべきだったと感じる。そんな簡単なものじゃないだろうけど。

だって実際の作品、残念なのが多い。別に引退する歌姫(?)に寄せた楽曲のできは、どうみても何にもない曲で、何にもないことにでも意味があればいいのだけどただ何にもなくて繰り返してて、時間をパーツで埋めただけみたいな風に見えた(これは実はもう20年ぐらい前からそうな気もする)。初期の彼はもうちょっと楽曲主義みたいなのがあって、独学ならではのハチャメチャな転調がサビ前に置かれていたりして聞いていて面白いと思えるものがあったんだけどね。人は変わるというよりは、その時だけめちゃめちゃ頑張って飛び上がっていただけなんだろうと思ってる。僕らはそれらの幻影をずっと見続けていたんだと思う。カバーとかトリビュートみたら僕のいう「頑張って飛び上がっていた」時期の曲ばかり選ばれるのはそういうことなんだと思う。みんなして共通の認識をしながら、共通の幻想を見ていたんだと。

いろんな問題はあるけれど、誰もが何かの問題とすり合わせながら生きているのでそれを特別視したくない。引退したいと思っていたところでタイミングがきたので引退したというだけなんじゃないか。これ以上いろんな幻想を彼に重ねてはいけない。引退おめでとう、これからやるべきことだと感じていることを全うしてほしい。