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先日仕事を休んだ日に電卓壊された件で、新しい電卓買うならなんらかの違和感のある奴が欲しい、退屈な日常を電卓に解決してもらいたい!と思ってaliで探して注文したのが届いた。IYHー!

中華クオリティなのでこの写真で見てもボタンの間の隙間が均等じゃなかったり、と言うのはありますし、なにより5のキーになんのポチポチもないし、全キー全く同じです。こりゃ大変。だけど先に書いた通りこれは僕が選んだ選択。退屈を吹き飛ばす戦略だからこんなんで顔をしかめてはならない。とりあえず見た目がなんとなくいいから見せびらかそうっと。

・昨日のREDMANのことが書いてて思い出したけど、僕がHIPHOPをそれと意識して聴き始めた時、チャートの一位にClaig MackのFlava in ya earが入ってて、過去にもラップが売れたことはあったけどこれだけガチでトラックもシンプルで調性とかへったくれもなくて、「これが一位になるのか、すごいことになったぞ。そしてすごいことになるぞ」と思った(けどならなかった)。当時のムーブメントがあったのかどうかは知らないけど、あまり売れてる音楽へのカウンター的に売れたというイメージは無くて、気がついたら一位にはなっていたという感じのナチュラルさがあったように思う。
今だと、例えばチャンスザラッパーが賞を取るか?とか、そうだな例えば映画でこの世界の片隅に、が賞を取るか?とかいう流れになった時に必ずカウンターの群れが発生する。弱いもの特有の善意みたいなものが束になって加速していって既存のものを押し倒す。支援して後押しした人たちは当然歓喜する。
あまのじゃくなことを言うようだけど、僕はこの一連の流れがすごく苦手だ。よく「俺たちは弱いからこうやって闘わないとどうのこうの」という動機を聞くけれど数に数で闘うやり方は結局同じようなpower gameで、その差は判官びいきを受けたか、とか群れの大きさとか、本人やその作品からどんどん離れていったただの運動のための運動みたいになることが多い。これが本当に苦手だ。群れも嫌だし拡散で飛んでくるのも嫌だ。

でも弱い側の人が孤立して何ができるの?そんな人いる?と思い返すと、あ、パラガが僕にはそう見えたな、と思った。1人で大きなものに立ち向かってる感じがあった。
昔読んだQJのインタビューではサニーディの曽我部さんに対して愛想のないというか、興味もなさそうな素振りをしていて僕はすげえなパラガは紙面でもこんな感じでやっちゃうのか!と感動したんだけど、豊田名義になった後ぐらいから仲良くし始めて、以前の態度に感動してしまった自分としてはすごく寂しい気分になったのでした。