2017-03-05-09-30-15
・REDMANのdare is darksideを聞いている。僕がHIPHOPを意識して聴いたのはひょっとするとREDMANが最初だったかもしれない。当時僕にとってのHIPHOPやテクノの存在は一言で言って「コード(やコード進行)が無い」というもので、それをどう消化/昇華させるかでテクノやヒップホップに区別できた。そこにロックやポップスにないものが露骨にあって、ロックやポップスファンには高い敷居となっていたこと自体が自分にとっては新鮮で魅力的に感じていた。

そういう意味で、このdare is darksideはあまり新鮮ではない。音はバリバリにファンキーで120%かっこいい。だけどこの盤を支配しているベース音、これが大体ワンコード、あるいは一定のループで構成されていて、上で書いたようなロックやポップスにないコード進行から解放されたようなものがない。ファンキーって言葉をすぐに当てはめられたのも、既存の延長で聴けたからだと思う。要するに、知ってる音楽でラップしている、という状態。WUの一枚目はそういう意味で破綻してるのが多くて、それが僕を喜ばせたし、それでいて売れたけどこれは違う。かっこいいけど僕はそこまで喜べない。funkadelicのmaggotbrainを意識したジャケットも、PFUNKなシンセも、知ってる音、として鳴ってしまう。音楽をやめた音楽(あるいはやめる勇気を持った音楽を)のことをヒップホップと定義してしまった僕にとってこのマナーはやりすぎで行儀が良すぎて、残念ながら"音楽"として正しすぎる。

こうなったのにはサンプリング問題とかいろいろあって、それを考えるとやっぱり初期のヒップホップって売れることによって、たくさんの人に聴かれることによって存在できなくなっていく矛盾みたいなものがあったなーといつも思う。「この文はうそです」にも似ているような。

もはや今は完全に調性のとれたかっこいいトラックがあたりまえになって、当時の僕が定義したようなヒップホップはほぼ見かけなくなりました。老害でスマンな。
まあまだこの世にはHADAくんがいるけどね。

ついでに言うとREDMANもそうだけどHIPHOPの人の中には鼻声ラッパーとか、シンガーとしてならそれだけで不適格とされそうな要素をむしろ売りにしている人が結構いたのも当時魅力に感じた(特に最近の日本の音楽はキレとノビばかり日本は特化したの4シームの直球のような印象がある。だからキレッキレばかりもてはやされる)

というわけで、老害的な事ばかり書いたけどこの盤は多分ヒップホップの中では5本の指に入る愛聴盤でした。

長く書いたのでこれだけで終わりにしておく